大阪市立都島工業高等学校

2018/12/10 16:29 更新

沿革

 年月                              出来事
明治40年 5月 市立大阪工業学校として大阪市北区北野牛丸町(大阪駅北口前方の辺)に創立。当時は旧制の尋常高等小学校高等科卒業を有資格とする4カ年制の工業学校で、本科に機械科・建築科を、選科に機械科・建築科・分析科・家具科を設置。敷地面積13,566坪
市立大阪工業学校として大阪市北区北野牛丸町(大阪駅北口前方の辺)に創立。当時は旧制の尋常高等小学校高等科卒業を有資格とする4カ年制の工業学校で、本科に機械科・建築科を、選科に機械科・建築科・分析科・家具科を設置。敷地面積13,566坪
明治41年 4月 本館、機械工場、建築及び分析工場完成。第1回生徒募集
明治41年11月 開校式を挙行(21日)
明治42年 6月 ロシア観光団ウラジオ中学生来校
明治43年 5月 本科分析科設置
大正 2年 5月 中華民国吉林省学事視察員33名来校
大正 3年10月 サンフランシスコ世界博覧会へ各種作品を出品
大正 4年 4月 本科機械科の中に金属工芸部設置
大正 8年 3月 市立大阪工業学校同窓会が組織される
大正 9年 4月 大阪市立工業学校に改称。電気科設置、選科制を廃し、中学卒業2カ年の専修科を設置。分析科を応用化学科に変更
大正 9年12月 同窓会を浪速工業会と改称
大正11年 4月 土木科設置
大正12年12月 応用化学科を大阪市立泉尾工業学校に移管
大正14年12月 校舎を都島区に移転改増築
大正15年 4月 大阪市立都島工業学校に改称、予科及び専修科を廃して6カ年制の工業学校となる
昭和 3年 5月 創立20周年記念博覧会挙行
昭和 4年 6月 昭和天皇、本校に御臨幸
昭和 5年 5月 カナダ・スコラスコーナ公立学校長来校
昭和 9年 1月 浪速工業会が社団法人組織に改組認可
昭和12年 5月 30周年記念事業(各種催物は取り止め)
昭和15年 4月 第6工業学校(生野工業)、本校内に仮校舎を起き発足
昭和16年12月 太平洋戦争始まる
昭和18年 4月 大阪市立都島高等工業学校設立認可される。新中等学校令の制定に伴い、4カ年制の工業学校となる
昭和20年 1月 大阪に空襲が始まる
昭和20年 6月 本校に焼夷弾1094発が投下される。本館1・2階・地下、機械科本館を残し、設備の大半を焼失する
昭和20年 8月 終戦
昭和21年 4月 中等学校令改正に伴い5カ年制の工業学校となる
昭和21年 8月 復興委員会結成。講堂屋根、電気科教室の修理が始まる
昭和22年 4月 酉島工業学校を合併。6・3・3制に伴い新制中学校を併設する
昭和22年10月 創立40周年記念行事挙行
昭和23年 4月 6・3・3制実施に伴い、新制工業高等学校となり、現校名に改称
昭和24年 4月 普通科設置、併設中学校を廃止
昭和26年 6月 進学者に対する放課後の補講が始まる
昭和26年 7月 全国高校野球大会大阪府予選優勝
昭和26年 8月 甲子園大会準々決勝にて平安高校に延長戦の末敗れる
昭和27年 1月 現在の校歌(第3期)が制定される
昭和29年 4月 工業化学科設置
昭和30年 3月 普通科廃止
昭和32年10月 創立50周年記念式典挙行
昭和34年 4月 機械電気科設置
昭和35年 2月 東淀工業高校、本校内に仮校舎を置き発足
昭和37年 4月 アムステルダム市助役参観のため来校
昭和42年11月 創立60周年記念式典挙行
昭和62年 9月 本館改築工事着工
昭和62年11月 創立80周年記念式典挙行
平成 2年 4月 土木科募集停止、都市工学科を新設
平成 2年 7月 本館竣工
平成 2年12月 本館竣工記念式典挙行
平成 4年 1月 同窓会記念ホール「明都館」竣工
平成 4年 4月 工業化学科募集停止、理数工学科を新設
平成 9年11月 創立90周年記念式典挙行
平成14年 4月 3学期制から前後期制に変更
平成15年 4月 機械科・機械電気科、建築科・都市工学科を総合募集に変更
電気科を電気電子工学科に改称
平成19年 5月 創立100周年
平成19年11月 創立100周年記念式典挙行(建築家 安藤忠雄先生による記念講演)
平成25年 SSH指定
平成29年 創立110周年
都島工業高等学校沿革1
創立当時の牛丸町校舎
都島工業高等学校沿革2
内御便殿
都島工業高等学校沿革3
都島移転当時の旧本館
都島工業高等学校沿革4
天皇陛下御臨幸
都島工業高等学校沿革5
臨幸の際の本館内御便殿
都島工業高等学校沿革6
昭和7年頃の本校全景
都島工業高等学校沿革7
戦災の講堂での式典
都島工業高等学校沿革8
甲子園大会