本日の献立/2月25日(火)

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献立名 ・牛肉のデミグラスソース煮
    ・コーンスープ
    ・かぼちゃのプリン
    ・黒糖パン、牛乳
栄養価 エネルギー 824kcal、たんぱく質 31.4g、脂質 26.8g

☆牛乳☆
 牛乳は日本の食事と分けて考えられがちですが、日本での飲用の歴史はかなり古く、飛鳥時代である645年、百済から帰化した智聡(ちそう)の子である善那(ぜんな)が、孝徳(こうとく)天皇に牛乳を献上したのがはじまりとされています。しかし当時は、皇族や貴族の利用に限られており、さらに仏教の影響により次第に利用されなくなりました。
 江戸時代に入り、1727年に徳川8代将軍吉宗が白牛の飼育を始め、浪士組(のちの新撰組)の結成と同年の1863年には前田留吉が牛乳の販売を始めました。以来、一般の人々の間にも牛乳の飲用がはじまり、明治になると西洋文化の導入とともにその利用もさらに広がりました。第二次世界大戦後は、ユニセフから寄贈された脱脂粉乳を利用して学校給食が再開されるなど、日本の食生活の改善に大きな役割を果たしてきました。
 牛乳には不足しがちなカルシウムをはじめ、たんぱく質や脂質、糖質、ビタミン類などを多く含んでおり、特にカルシウムは他の食品に比べて吸収率の高いことが特徴となっています。
 学校給食では学校給食法の施行規則によって、毎回提供することになっています。

本日の献立/2月21日(金)

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献立名 ・ポークカレーライス
    ・チキンレバーカツ
    ・きゅうりとコーンのサラダ
    ・いちご
    ・ごはん、牛乳
栄養価 エネルギー 973kcal、たんぱく質 33.5g、脂質 29.9g

☆いちご(苺)☆
 イチゴは、バラ科の植物で園芸学の上では、スイカやメロンのように野菜として分類されていますが、栄養学の上では、甘さやその特性による食べ方などによって、果実類として分類されています。また、その果実を食べていると考えがちですが、赤くて甘い部分は果実ではなく「花托(かたく)」と呼ばれる部分で、本来の果実は小さなつぶつぶの部分となります。
 1960年代までは、5〜6月ごろの春から初夏にかけてが旬の食品でしたが、今では食生活の変化とハウス栽培の普及や品種改良によって収穫時期にも変化が起こり、クリスマスに合わせての栽培もおこなわれることから12〜5月に収穫が集中し、とくに3〜4月にピークを迎えるようになりました。
 栄養面では、ビタミンC、カリウム、食物繊維、葉酸が多くに含まれています。とくにビタミンCが豊富で10個程度食べると1日分の必要量がとれるほどです。

※来週、2/25(火)〜27(木)は、学年末テストのため1・2年生の給食はありません。

1年 歯と口の健康教室

学校歯科医、歯科衛生士の先生に指導していただきました。
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本日の献立/2月20日(木)

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献立名 ・豚肉とごぼうの煮もの
    ・なにわうどん(とろろ昆布)
    ・プチトマト
    ・食パン、ブルーベリージャム、牛乳
栄養価 エネルギー 820kcal、たんぱく質 32.9g、脂質 20.9g

☆とろろ昆布☆
 とろろ昆布は、おぼろ昆布とともに昆布を加工した食品で、マコンブや利尻コンブなどを酢につけてやわらかくして薄く削ったものです。その発祥は江戸時代にさかのぼり、当時は北海道でとれた昆布を各地に運んでいましたが、その際、昆布の中心部にカビが発生することがよくありました。そのままでは商品とならないため、カビのない表面だけを薄く削って商品としたものが、おぼろ昆布のはじまりとなりました。これがもととなり、カビの生えていない昆布を重ねて圧縮し、これを表面ではなく、側面から削ることでさらにふんわりとしたとろろ昆布ができました。その後カビを防止する技術もでき、おぼろ昆布をけずったあとの中心部分は、大阪の寿司屋によってバッテラの材料となり、白板昆布として利用されるようになりました。
 今日の給食では、袋入りのとろろ昆布を各自でうどんの上にのせて食べてもらうようにしています。

本日の献立/2月19日(水)

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献立名 ・鶏肉のから揚げ
    ・まる天と野菜のうま煮
    ・焼きのり
    ・ごはん、牛乳
栄養価 エネルギー 878kcal、たんぱく質 30.4g、脂質 28.8g

☆まる天☆
 まる天は、魚のすり身にでん粉や塩、砂糖などの調味料を加えてよく練り、丸く形を整えて油で揚げた製品で、「揚げかまぼこ」に分類されるもので、関西では単に「天ぷら」、発祥地とされる鹿児島では「つけ揚げ」、関東などでは「さつま揚げ」と呼ばれているものです。
 揚げかまぼこの歴史は、江戸時代にさかのぼり、アメリカから帰国した「ジョン万次郎」を保護したといわれる薩摩藩28代当主「島津斉彬(しまづなりあきら/1809〜1858)」の時代、1850年代になって琉球との交流が深まり、中国料理での「揚げる」という技法が、古来のかまぼこづくり製法に加わって「つけ揚げ」ができたといわれています。
その後、島津藩による品質向上の奨励によって、次第に専門店も増え、全国に広まり、各地で様々形状のものが作られるようになりました。
 給食のまる天のすり身には、タラやイトヨリダイなどの白身の魚が原料として使用されています。今日の献立では、はくさい、たまねぎ、チンゲン菜、にんじん、しいたけとともに塩、こしょう、中華スープの素で味つけし、仕上げにでん粉でとろみをつけて「うま煮」にしています。

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