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本日の献立/6月15日(火)

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献立名 ・豚肉のごまみそ焼き
    ・すまし汁
    ・海苔の佃煮
    ・ごはん、牛乳
栄養価 エネルギー 728kcal、たんぱく質 32.0g、脂質 17.0g

☆佃煮(つくだに)☆
 佃煮は、日本の代表的な保存食品で、おもに小型の魚介類、海藻類を原材料として、砂糖、みりん、しょうゆなどを加えて煮詰めたものです。原料に含まれる水分と調味液が入れ替わることで、細菌などの繁殖が抑えられ、長期保存が可能になります。東京の佃島が有名であるため、その土地のものと思われがちですが、もともとは大阪が発祥の地とされています。
 天正10年6月2日(1582年6月21日)、「本能寺の変」を知った徳川家康は、わずかな手勢とともに大阪の堺にいましたが、自分たちにも危険が及ぶことを察知し、すぐに岡崎(現在の愛知県岡崎市)に帰ろうとしました。しかし、京都は明智勢、奈良街道は筒井勢に押えられ、陸路はふさがれた状態だったため、海路脱出を図り、神崎川を渡ろうとしましたが、船がなく、足どめを食らいました。そこで側近として仕えていた伊賀忍者の服部半蔵は機転を利かせ、近くにある佃村(現在の西淀川区佃)の庄屋・森孫右衛門をはじめとする漁師たちに応援を求めたところ、漁師たちは快く引き受け、家康たちを紀伊半島へと送り届けてくれました。さらに、家康たちは、帰るまでの道中食として保存のきく、小魚を味つけして煮詰めたものを漁師たちからもらいうけました。無事帰り着いた家康は、その後、天下を治めましたが、佃村の漁師たちへの信頼は言うまでもなく、森孫右衛門と漁師たちを御肴役(おさかなやく)として呼び寄せました。そして、三代将軍家光のとき、漁師たちに生活の地を与え、そこが江戸佃島と呼ばれるようになりました。漁師たちは、獲った魚を江戸幕府に献上しながら、江戸市民に売るとともに、雑魚の醤油炊きをつくりはじめました。これが、諸国の大名や庶民にも広まり、「佃煮」として全国に広まりました。
 このようなことから、佃煮は、本能寺の変がもたらした食品といえるかもしれません。
 今日の給食では、かつお節、しいたけ、きざみのりをしょうゆ、みりん、砂糖、だし汁で煮詰めて佃煮にしています。
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