8/24 【下新庄の歴史】東海道本線(JR京都線) は下新庄を通っていた
- 公開日
- 2026/08/24
- 更新日
- 2026/08/24
にっき
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1876年(明治9年)に大阪と京都の間に官設鉄道が開通しました。大阪駅を出て淀川を渡ると柴島浄水場の北側を通って崇禅寺駅の近くで現阪急京都線の場所を通り、淡路駅のところから千里線のところを通り、神崎川を渡ってから、現JR京都線に入って吹田駅に行っていました。1913年(大正2年)にルートが変更されるまでは下新庄を東海道本線が通っていました。その後1921年(大正10年)に北大阪電気鉄道が、東海道本線の廃線跡を使用して十三・豊津間に電車を走らせました。同時に下新庄駅も開業しました。1923年(大正12年)に新京阪鉄道(京阪電鉄)、1943年(昭和18年)に京阪神急行電鉄(阪急と京阪が合併)になりました。
昔の神崎川の鉄橋も高架工事で建て替えられるまでは土台がレンガづくりのままでした。神崎川を渡って吹田に入ると昔の線路跡が空き地として残っています。(地図の①のところ)
写真1:1928年の航空写真。
写真2:昔の東海道本線の線路跡
写真3:阪急千里線は右側にカーブしています。
写真4:神崎川の仮設の鉄橋を渡る阪急電車