変わることの意味!
- 公開日
- 2019/11/03
- 更新日
- 2019/11/03
学校日記
令和元年11月3日(日)ホリデーコラム85
「2020年からの教師問題(石川一郎 著ベスト新書)」より、
正直言って、変わりたくない教師、変わることをやむを得ないと考える教師、積極的に変わった方がいいと考える教師、三者が現場には存在していると感じます。
これは、私が様々な教育現場で接した教師の方々を見ていて感じたことですが、年代によって大きく2つに分かれているようです。その分かれ目は、ゆとり教育導入が話題になった1996年頃までに教師になっているかどうかです。(中略)
何故、年代が上がると変わりたくないと考える人が多いのでしょうか。
教師は、経験が長ければ長いほど、授業のやり方、テストの作り方、評価の仕方、生徒の扱い方など、教育の技量は向上していきます。若手の教師とは、技量の差も大きく、職員室では、正直に言って、上下の関係が厳然として存在しています。残念ながら高め合う関係は、一部の教師を除いてはないと言っても過言ではありません。
経験の長い教師ほど、教育改革によって授業内容が大きく変わると、それまで培ってきたものが、役に立たなくなるという気持ちがあると思います。
そして、上の年代の教師は、生徒に対しても上下の関係をしっかりと保っているケースが多く、関係性がかわると、生徒に馬鹿にされてしまうという恐怖心も持っているようです。
彼らは、教育改革に関して疑問を投げかける時、次のような意見を言いがちです。
「教育改革って、本当に必要なのかな」
「自分は昔からの教育を受けてきてとてもよかったと考えている」
「その結果、教師になってこのやり方でやってきている」
多くの学校の関係者から聞いた意見をまとめてみると、職員会議などでこの種の意見を発言する教師は「指導」が得意であるので、発言の影響力は大きく、若い教師は反論がしにくいというのが実態なのです。
「今後の社会の変化に対して教育がどう変わればいいのか」という議論であるのに、社会の変化をまったく無視した意見を述べたり、自分の周囲の数少ない事例をもとに今までの教育を是としたりする点で、まったく論理的ではないのですが、職員室内でも上下関係にうるさい教師が多く、反対意見を述べるとその後の仕事がやりにくくなると考える教師の声をよく聞きます。 (中略)
彼らの今までの教育を否定するつもりはありません。しかし、時代の変化、社会の変化は加速度を増していることは、疑いもない事実です。
未来を生きていく生徒のことを考えると、教育は確実に変わるべきです。
改革を止める職員室の勢力は、一掃されるべきなのです。
この内容を読むと、みなさんも浮かばれたかもしれませんが、神戸の教師間事件が思い起こされます。教師の上下関係がいい意味で成立していれば問題ないのですが、そうでない場合が今回の事件でした。
来年度から新学習指導要領が始まります。間違いなく教育改革が新たなスタートを切るのです。今回の改革では、学力観そのものが見直されました。これは「学力の3要素」と呼ばれています。その3要素とは、以下の3つです。
(1)十分な知識・技能
(2)それらを基盤にして答えが一つに定まらない問題に、自ら解を見いだしていく思考力・判断力・表現力
(3)これらの基になる主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度(主体性・多様性・協働性)です。そして、
新しい時代に必要となる資質・能力の育成として
「何ができるようになるのか」
「何を学ぶか」
「どう学ぶか」について、主体的で、対話的で、深い学びとして「探究」学習が導入されるということになります。
これからは変化の激しい、予測が難しい社会がやってきます。そうした中では、得た知識や技能は直ぐに陳腐化してしまいます。だからこそ、主体的に生涯学び続ける力が必要になってきます。
そこでは、「learn how to learn=学び方を学ぶこと」が大切になってきます。今回の教育改革は、大きなチャレンジです。しかし、ここに込められた思いを一人ひとりが考えて、教え育み、学んでいくことが重要になります。
「一斉授業からの脱却」
「『教える』から『促す』」ですね!