学校日記

私の職業体験から

公開日
2013/06/21
更新日
2013/06/21

校長室

中学2年生が、7月4日(木)5日(金)の2日間で職場体験学習をします。地元地域をはじめ大阪市内の30数箇所の事業所でお世話になります。働くことの大切さ、自分と地域社会の繋がり、社会の一員としてのマナー、礼儀作法についてしっかり身につけてほしいと望みます。
私は、現在港中学校で勤務させていただいていますが、過去を振り返りいろいろな職業を体験しました。生徒の皆さんに少しでも役に立てばと思い自分ごとで恐縮ですが、紹介させていただきます。
はじめて給料というものをいただいたのは小学校5年生でした。職種は、朝刊の新聞配達です。新聞少年「僕の名前を知ってるかい、朝刊太郎というんだよ」という歌も流行したほどで日本国中で小中学生を雇っていたようです。内容は、代理店へ行き各家庭への配達分を束ねたものを自転車の後ろの荷台に載せて集配所に届ける仕事です。当時は、まだ自動車など各家庭ありませんでした。
採用条件は、(1)自転車に乗れる。(2)元気な男の子。(3)長続きすること。(4)どんなことがあっても休まないことなどで、ひと月の給料は6百円だったと思います。
これが、小遣いでもあり好きな伝書鳩の飼育などにお金を使いました。鳩舎作りや餌を買い卵を産ませて雛を育てて、立派な親鳩に成長させてレースにも出したこともあります。
新聞配達で得たものとして
(1)1人で起きることができる。(午前5時起床)
(2)購読者の方が自分のことを待っていてくれる。信頼感が育ち期待されていると思える。
(3)一年中通してどんな天候でも休まず働いた。責任感が育った。
(4)心身を鍛えることができた。
(5)親孝行に繋がった。
エピソードとして、冬の早朝は、真っ暗で山道の上り道も下り道も怖い、山の中腹にはお墓がある。池もあるし河童が出るといううわさもあった。自転車のライトをつけて走るけど下り坂でスピードが出過ぎて電球が切れる。鳥肌が立つことが続いた。田舎の山道は、肝試しのような時もしばしばであった。
続きは、中学校を卒業してすぐに鉄工所で働いたことを書きます。