学校日記

1995年の今日

公開日
2021/01/17
更新日
2021/01/17

できごと

今から26年前の今日(1月17日)、午前5時46分、淡路島を震源とするM7.3、震度7の大地震(阪神・淡路大震災)が兵庫県を中心とした近畿圏広域を襲いました。

特に震源に近い神戸市の被害は甚大でした。当時は地震のない安全な街という安心感から、引っ越して行かれた人も大勢いだそうですが、あまり知られていなかった活断層がありました。

この阪神・淡路大震災では、6,434人が命を失いました。多くの死は、最初の5秒間のうちに起こった建物倒壊による圧死だったそうです。

地震直後、ボールペンを握ったまま亡くなった受験前の女子生徒がいます。下半身が家の下敷きになり、炎が近づいたとき、友人に「君だけ逃げてくれ」と言って炎に包まれた学生がいます。小さな子どもを家族に放り投げ、「後は頼む」と言い残して家の下敷きになった人がいます。生き埋めとなったけれど会話が出来た人々が、火災の炎が迫ってきたとき、「ありがとう、早よ逃げ」 と家族に最後の言葉をかけたと言います。

この大震災では、多くの人々が予想もしなかったような地獄を見て混乱しました。しかし、誰かが指示を出してくれる、誰かが何かをしてくれる、と誰かを待つのではなく、自ら判断して自ら動いた者が、その事態をのりこえたのだといいます。

避難所では、住民自らが自治組織を作り、ルールを決め、助け合いを目指しました。市役所の職員は自ら、足りなくなった棺桶づくりを行いました。消防士はものすごい心の葛藤をふりきり、消火活動に向かいました。

こういった巨大地震は、近々必ず起こると言われています。みなさんが、今を見つめ、自分と大切な家族を守る努力をしてほしいと思います。