緑橋
- 公開日
- 2018/04/13
- 更新日
- 2018/04/13
校内の様子
中央大通りの北側、東西方向に、西の平野川と今の東大阪市との市界になる中高野街道を結ぶ用水路がありました。その川幅は10m、長さは1800m:千間もあったそうです。
その長さからこの川を千間川(千間堀川)と呼び、東成から市内へと小舟で行き交う人も多かったそうです。この千間川、しばしば洪水被害があったため、昭和42年ころから川を暗渠化する埋立てが始まり、昭和46年に完了し、現在は緑陰歩道に生まれ変わりました。
緑橋や深江橋はその川にかかっていた橋の名前。現在も南側交差点や地下鉄の駅名として、当時の名残りを留めています。
昭和45年には万国博覧会が開催されるなど、全国的に高度成長で活気にあふれていたころの東成区や城東区の情景が思い浮かびます。