響く音!エイサーの楽器!は頭の上をまわしながら打ちます!このポーズがカッコいい!どんな動きもキビキビとが大事!友達と合わせるためには、まずは自分の動きをマスターすること!パーランクの甲高い音が鳴り響きます! 素敵!静と動!このコントラストが素敵!子どもたちは土にまみれながらも、一つ一つの動きをマスターしていきます。 笑顔のポーズがとても素敵!最後まで一生懸命に学ぶ姿がとても素敵でした! 自分の身は自分が守る!上記内容の通り、サルの目撃情報がありました。 サルに出会った時には 「近寄らない」 「目を合わせない」 「食べ物を見せない」 「食べ物を与えない」 どうそ、保護者のみなさまもくれぐれもお気をつけください。 本当の優しさとは?先日の荒木先生との道徳チャレンジ授業のテーマ「本当の優しさとは?」で、子どもたちがファイナルアンサーとして、考えた答えがこれ! 本当の優しさとは? ・思いやりがある人 ・他人のことを考えて、誰もが納得できるようなことをすること ・相手の気持ちを考える人 ・人の困っていることや足りないことに手伝うこと ・自分がやってよかったと思えることをやることで、相手からは感謝されることをやること ・他の人を思うこと ・自分で考えて、人を思って行動すること ・相手ができないことだけを助けて、できる所は相手にやらしてあげること ・自分がされてイヤなことをせず、友達のことを考えて行動すること ・自分も相手も「ありがとう」と思うか ・人のことをきちんと思って接している人 ・相手がどのように感じるか、相手がやらなかったら今後どうなるかを考えて行動できること ・自分も人も全員が傷つかないようにするために考えること ・その人の悪い所ははっきりと言ってあげること ・状況によって合わせて判断すること 「大人のみなさんなら、何と答えますか?」 一度ゆっくり考えてみてください。 子どもたちにとってとても深い学びになりました。「子どもってすごい!」 モヤ感!最高!「2020年からの教師問題(石川一郎 著ベスト新書)」より、 3つの問題点ふたつめ 「生徒の『モヤ感』を許容できない」 私の長年の教育現場の経験上、大半の教師は、授業が終わった後、生徒が「よくわかった」という顔をしていることが喜びなのです。それがある意味、教師の達成感なのです。(中略) 今までは、ある程度は考える時間は与える、しかし授業が終わる時間から逆算し、「自分だったらこうする」と言った答えの例を最後には提示する。そのような授業をする教師が、スキッリと授業を終えられるいい教師とされてきたと思います。 しかし、この対応に私は反対です。 その時の教師の「答え」が、「なるほど」というものであるならば、それ以上の答えはないだろうと判断して、大体の生徒はそこで思考を止めてしまうでしょう。 それが、最も問題なのです。 また生徒は、いつも教師が最後は「答え」を言ってくれることを期待し、モヤ感の世界に没入しなくなってしまいます。 「あなただったらどうするか」という問いに対して、生徒が「モヤ感」を持つのであれば、そのまま放っておけばいいのです。 (明日へ続く) どうしてもこれまでの教師は「こうあるべきなのでここまで子どもを導かないと!」と考えてしまいがちです。子どもの「モヤ感」を「なんとかしてあげないと」と思いがちです。しかし、そこが2020年以降の教育には邪魔をしているのです。 研究授業でつくる「学習指導案」ってまさにそんなこれまでの教師感で書かれたものですよね。「指導案」を「学習案」に変えませんか? |
|