いまみや小中一貫校は令和6年度に開校10年を迎えます。これまで本校教育活動に尽力いただいた皆さまにお礼申し上げます。

1月19日の全校集会

 ワープロ検定等の合格証書伝達7件。
 スピード認定1級1名、ワープロ2級2名、ワープロ3級1名、ワープロ4級3名。
 
 僕も入力はそれなりに早くできますが、昔は変換が全然だめで、理科の用語はダメでした。「そうしようるい」と入れて、「そうしよう、ルイ」。ルイって誰やねんというような感じでしたから。今はかなり変換が高度になってきていますので、楽になってきました。
 さて、皆さんにはまだ直接関係ありませんが、昨日、一昨日と大学のセンター入試がありました。ご存じですよね。
 うちの下の娘が受験してきました。昨夜は数学2が難しかったと疲れた様子で帰ってきました。
 さて、3年生のみなさんにとっても入試が近づいてきています。
 娘にも言ったことで、みなさんにも言っておきたいこと、それは「最後まであきらめない」こと。
 2学期末に僕の体験を話をしました。2学期末の進路懇談で希望の学校を受けられることになって、その後必死で勉強しました。一度がんばりすぎて熱を出したので、少しペースを落としました。
 そして、試験当日。あまり得意でない国語はまぁまぁ、社会はばっちり。数学は証明の問題が手も足も出なかった。この段階で一勝、一敗、一引き分け。
 得意なはずの理科では、一通り書いた段階で30分。でも、最後の問題が劇ムズで、あきらめました。机に記念の落書きをしました。でも、あと10分となったとき、ここであきらめていい加減にしたら、これまで頑張ってきたことの意味がなくなるし、後で後悔すると思い直して、落書きをきれいに消してから問題を最初から見直しました。すると、とても簡単なミスを見つけて、修正しました。俄然ファイトがわいてきました。できないと思った最後の問題にも気合いを入れて取り組みました。
 …結果、なんとか合格しました。だからこそ余計、「最後まであきらめてはいけない。あきらめなければ道は開ける。」と思っています。
 テストであれ、その前の試験勉強であれ、さいごまであきらめないこと。これはとても大切なことだと思っています。3年生だけでなく、1、2年生の皆さんにもこの言葉を贈りたい。

漢検に挑戦

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 今年度、校長戦略予算で漢検挑戦が認められましたので、漢字の学習にも力を入れながら、国語の基礎学力の定着を図ってきました。
 今日、学校でみんなが挑戦します。

雨ですね。

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 起きた時にはすでに雨。昼前に一時晴れ間がありましたが、それもつかの間。このところ体育では運動場に200mトラックをひいて、冬の定番メニューの長距離走をやっているので、これは救いの雨なのでしょうか?
 インフルエンザも少しずつ出てきている気配なので、注意してほしいと思います。

職員室前ピッカピカ

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 13日の放課後、職員室の前の廊下がピッカピカになっていました。
 モップできれいに掃除してくれたようです。なんだか歩くのがもったいないような。
 掃除当番のみなさん、ありがとう。みんなできれいにする、きれいな学校はそれだけで十分素敵な学校だと思います。
 職員室前に限らず、どこであってもみんなできれいにして、素敵な学校にしましょう。

1月13日の全校集会の話

 13日の全校集会での校長の話

 このところ新聞、ニュースで話題になっているものの一つに今度の土曜日17日に関係するものがありますが、何かご存じですか?
 阪神淡路大震災ですね。
 20年前の1995年1月17日午前5時46分、それは突然やってきました。
 私は当時阿倍野区のマンションの1階に住んでいました。長男は一つになったばかりで、その日も5時におなかがすいたと泣いて、ミルクを飲んでやっと落ち着いたのが5時半過ぎでした。もう少し寝ようと思った瞬間、大きな揺れがやってきました。外に出るにしても、マンションの上から落下物があるかもしれないし、向かいの家は古くて、屋根がこちらに向いているので屋根瓦がこちらに向いて落ちてくるかもしれません。どうしたものか判断に悩みました。テレビやラジオのスイッチを入れたものの、現在の地震については何も語っていませんでした。これだけ揺れているのに何で、何も言わないのと不思議でした。
 頭の中には、昔の理科の教科書に出ていた写真が浮かんできました。マンションの1階がつぶれている写真。やばい、何とかしなければと思うものの。なかなか動けませんでした。
 とても長い時間に感じられました。
 しばらくしてようやくテレビでも大騒ぎになり、次第に兵庫県の悲惨な状況がはっきりしてきました。
 その後も何度か余震があり、この日出勤すべきかどうか悩みました。まさに家を出ようとしたときにも大きな余震があって、またまた出勤すべきかどうか悩みました。
 当時は鶴見橋中学校にいて、学校は無事でしたが理科準備室の標本がいくつか倒れていて、ホルマリンがこぼれていました。しばらくは理科準備室の悪臭が取れませんでした。
 
 あの日の経験だけでも、もう十分だと思っているので、二度と大きな地震が来てほしくないと思っていますが、これだけは我々の意思で何ともできません。
 できることと言えば、備えることです。過去の経験を生かして、次に来る大地震に備えるしかありません。経験の無い皆さんにはピンと来ないことかもしれませんが、備えあれば憂いなしと言います。
 家でも学校でもいざというときどう振る舞うべきかについて、今一度しっかり考えてみてください。

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