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歴史を訪ねて9(佐々木信綱)

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本校の校歌を作詞した佐佐木信綱先生の紹介をします。信綱は現在の鈴鹿市に生まれました。5歳より「万葉集」や「山家集」の歌を暗唱するように父に教えられ6歳の時に初めて短歌を作りました。生涯に1万余首を作歌し、多くの歌集を刊行しました。本校の校歌を作詞したのは昭和11年11月。その翌年の12年4月28日信綱は第1回文化勲章を受章しました。その生涯をかけて万葉集の研究と普及に尽力しました。また、唱歌「夏は来ぬ」や童謡「すずめ雀」などの作詞も手がけています。(写真は鈴鹿市HP「佐佐木信綱記念館」所蔵より引用  承認済み)

もうすぐ2学期

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35度を超える猛暑が続き、先日は、突然の大雨。今年の夏は、厳しい夏でした。猛暑や大雨で、運動場は凸凹が少し目立つようになっていました。今日は、職員一同で運動場の整地をしました。少し高くなっているところを削り、低くなっているところには土をいれ、にがりをまきました。側溝には、土が多くたまっていましたので、ひらすこ(平らなスコップ)で土をとり、きれいにしました。炎天下でしたが、風は爽やかで、季節は夏から少しだけ秋に移っているのだなと感じました。もうじきこの運動場には、子どもたちの歓声が響き、行事の多い2学期を迎えることになります。

すっきゃねん滝川

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今年も滝川公園で、「すっきゃねん滝川」が行われました。7日、8日の両日、子どもたちもたくさん来て、出店や盆踊り、ダンス振付コンテストやビンゴゲームなどを楽しみました。北陵中学校や扇町総合高校の吹奏楽部の素晴らしい演奏も聴くことができました。今年の子どもの店は、ペットボトルボーリングでした。7日のみでしたが、約200人のお客さんが来てくれました。PTAもお店を出しました。おとうさん中心のスマートボールは、本格的です。たくさんの人でにぎわいました。おかあさん中心の店は「いかやき」です。うだるような暑さの中、たくさん焼いていました。「子どもたちの笑顔が見たくて、がんばっています。」そんな声が多く聞かれました。地域、PTAのあたたかい心に支えられた滝川の子どもたちは、幸せだなと思います。

歴史を訪ねて8(校歌)

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 校歌は、昭和11年11月にできました。作詞は、文学博士の佐佐木信綱先生、作曲は、大阪音楽学校(今の大阪音楽大学)をつくった永井幸次先生です。

のぼる朝日と やすけきみ国
咲くやこの花 なにわづに
歴史も古き 滝川の
流れうけつぎ われらは学ぶ


歴史を訪ねて7(大塩平八郎2)

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「槐」なんと読むかわかりますか?
「えんじゅ」と読みます。マメ科の植物で、中国が原産です。排気ガスに強く、伸びすぎないので、街路樹としてよく植えられています。花が散った後、木の下が真っ白になります。造幣局の北側、国道1号線沿いに、「大塩の乱 槐(えんじゅ)跡」の石碑が建っています。天保8(1837)年、大塩平八郎は飢饉で難民が続出する事態を黙視できず乱を起こし、町奉行所と砲火を交えたが鎮圧され、自刃しました。この砲弾で引き裂かれた槐(えんじゅ)が、150年近く枯れずに残っていましたが、昭和59年、ついに枯れ死しました。平成22年1月3代目となる若木が植樹されました。車の往来の激しいこの地で咲く槐を見ていると、平八郎の無念と人民への熱いメッセージがよみがえってきます。(写真は「造幣局のあゆみ」(独立行政法人 造幣局発行)より引用)
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