今日の一言 11月9日 ベルリンの壁・崩壊 25年
- 公開日
- 2014/11/10
- 更新日
- 2014/11/11
校長雑感 一隅を照らす
【2つの感慨】
1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊したとき、仕事で南西ドイツのスイスとの国境の町・バーゼルにいました。
宿泊先のご夫妻が、「歴史的な事が起こった」と興奮しながらも、それ以上にこれからどうなるのかという不安を隠せない様子でした。
その後、彼らの友人たちが集まり、東西ドイツ統一の賛否について夜を徹して議論してたことを今でもよく覚えています。
数年前、旧東ドイツの街を訪れたことがあります。旧西ドイツの町とは雰囲気が違います。気のせいか活気や明るさがないように感じました。廃屋もそこここに見られます。
私にはよくわかりませんが、旧東と旧西のドイツ人ではなんとなく違うんだ、とドイツ人は言います。
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日本のように、分断されることなくひとつの国であること、平和を維持していること、これは奇跡的なことなんだと思いました。
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ミュンヘン日本人学校の玄関に設置した来校者管理PCシステムの管理会社は
イスラエルのテルアビブにありました。メンテナンスの問題が発生する度にイスラエルに電話をしました(よくトラブルが発生していました)。
テルアビブに電話すること。
イスラエル人と仕事をすること。
こういうことに緊張を感じていました。
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ユダヤ民族の歴史やドイツとの関わりを知ることは、ドイツに住む以上、避けて通れません。深夜テレビでは、毎晩のように第2次世界大戦のユダヤ人迫害のドキュメンタリーが流れます。ドイツ人の知り合いたちは、もう勘弁してほしい・・・と首を横にふります。
ユダヤ人迫害、外国人労働者の課題、移民受け入れなど民族問題に、今でもドイツ人は気を抜くことは許されていません。
私は、その息苦しさに慣れることはありませんでした。
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ベルリンの壁・崩壊25年。私は自分の国際感覚の無さ、トレーニング不足を痛感したことを思い出しました。
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今の子どもたちにとって、将来、海外と関わりを持つことは、望む望まないにかかわらず、必ず要求されてくることでしょう。
大阪市は人権教育に積極的に取り組んでいます。それどころか、人権教育は大阪市の教育の核となっている、と言っても過言ではありません。
でも、人権に関する課題は簡単ではなく、どうしても、うつむきかげんに、暗い顔をして、眉間にしわを寄せながら、取り組みがちです。
頭をあげ、明るく、力強く、前向きに人権教育に取り組むことができるのではないか、模索しています。
そして、子どもたちがたくましく海外で活躍する姿を見たいと思います。