8/25 【下新庄の歴史】 水路を走る新幹線
- 公開日
- 2026/08/25
- 更新日
- 2026/08/25
にっき
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東京オリンピック開幕9日前の1964年10月1日、新大阪・東京間の東海道新幹線が開通しました。その工事を円滑に進めるため、土地買収が楽になるように水路を埋め立てて建設するなどの工夫をしました。東淀川区内でも中島用水と中島大水道を埋め立てて利用しました。
中島用水は1897年(明治30年)に改修後の淀川の三千樋(南江口)から取水し、西淀川区の大和田までの本流と支流あわせて約26Kmの用水路です。大正6年に神崎川が決壊したため、本流は瑞光寺からまっすぐに付け替えられました。地図のように新幹線がその上を通っています。
また、中島大水道は1678年に完成した淡路の新太郎松樋から西淀川区(此花区)までの全長9.5kmの排水路で、神崎川と中津川(現新淀川)の間の低湿地の排水を目的として水路です。3人の庄屋の犠牲で完成し、中島大水道顕彰碑がたっています。新大阪駅近くまで新幹線がその上を通っています。下流でも十三バイパスや大野川緑陰道路として利用されています。