歌中日記

昨日の答え合わせ

公開日
2026/02/17
更新日
2026/02/17

☆★☆お知らせ☆★☆



答え合わせというか、みなさんの端末の学びのポータル


に入っている『M365』から【Copilot】というAIに


答えを作ってもらいました。


🇯🇵 日本最初の天気図の「作り方」


① 各地の測候所からデータを電報で集める


明治政府は気象観測体制を整備し、観測所から東京気象台へデータを送れるようにしました。

1883年2月16日、初めて気象電報が全国から届きました

気象電報は、通信料節約のため 気圧・気温・雨量などを2桁の数字

風向・風力・雲量・天気などを1桁の数字で送る形式(合計12桁)でした。


② 東京気象台でデータを地図にプロット


クニッピング(ドイツ人技師)が中心となり、

東京気象台の職員が 白地図に各地の気象データを手作業で記入

これは完全に手描きの作業で、

「どの地点にどんな気圧・天気だったか」を数字で書き込んでいきました。


③ 手描きで等圧線を引く


観測点の気圧値を見ながら、

気圧が同じ地点をなめらかに結ぶ線=等圧線を手で描きます

当時の天気図は非常にシンプルで、最初は 等圧線が2本しかないような簡素なものだったと記録されています。


④ 天気記号・高低気圧の記入


気圧配置が分かってきたら、



  • 高気圧(H)

  • 低気圧(L)

  • 天気マーク

    などを手書きで記入しました。

    この日の天気図には

    東北の東に高気圧、九州の西に低気圧が描かれていたと記録されています。


⑤ 仕上げ(印刷は後日)


2月16日の天気図は試作で、印刷はされませんでした。

後に 1883年3月1日から毎日印刷配布が始まり、石版印刷で公的に配られました。




🔍 まとめ:当時の天気図の作り方(手順)



  1. 全国の観測所が 毎日午前6時の観測を数字化して電報送信

  2. 東京気象台で観測データを 地図に手描きで記入

  3. 観測値をもとに 等圧線を手描きで解析

  4. 高気圧・低気圧・天気記号を手書きで配置

  5. 完成(当初は試行版 → 3月1日から印刷配布)




🌤️ 補足


日本で初めて天気図を作った中心人物は

**エルヴィン・クニッピング(ドイツ人技術者)**です。

彼の指導によって日本の近代気象学が本格的にスタートしました。


必要であれば、



  • 当時の実物の天気図の見方

  • 現代の天気図との違い

  • 授業や発表用のスライド化


なども作れます!