受けた恩を次へ送る…。
- 公開日
- 2015/11/27
- 更新日
- 2015/11/27
お知らせ
ある本に掲載された文章です。
明治23年、トルコからの初の使節団を乗せた船、エルトゥールル号が日本を訪れました。丁度台風に遭い、和歌山県串本沖で沈没。600名以上が大荒れの海に投げ出されました。
直ちに救助に乗り出したのは、紀伊大島の島民たちでした。
島民たちは、一人でも多く生存者を助けようと、海に行き、遭難者を背負って絶壁をよじ登り、傷の手当はもとろんのこと、冷え切った体温を温め、非常事態用の食糧をすべて提供し、懸命に命を救おうとしました。結果として、69名のトルコ人が助かったそうです。
このエピソードは、トルコの教科書にも載り、トルコでは誰もが知っている歴史上の重要な出来事になっているそうです。
それがエルトゥールル号の遭難から95年。昭和60年にイラン・イラク戦争中の中東から衝撃のニュースが発信されました。
イラク側から「上空を航行する航空機は、撃墜する」という方針が出され、タイムリミットは2日後だったそうです。日本政府は日本人の救出のために手を尽くしますが、もはや万事休すという事態に追い込まれました。
このとき、取り残された日本人215名を救出してくれたのが、トルコ航空機でした。
現地のトルコ大使館から「日本人への席を割り当てるから利用せよ」と連絡が入ったのです。間一髪、無事脱出することができたのです。
なぜ、トルコ政府は、日本人を救出したのか、それは、平成13年に駐日トルコ大使が新聞の取材の中で、「トルコ人の親日感情でした。その原点となったのは、1890年のエルトゥールル号の海難事故です」とのことでした。
直接「恩」を受けた相手ではないにもかかわらず「恩を送る」ことで、「恩を返す」ことをしたのです。
どこで恩がつながっているのかわかりません。たとえ恩を受けた相手に返すことが出来なくても、しっかりと受け止め、別の相手に感謝の心を返すことも「人とのつながり、かけ橋」となるのではないでしょうか。