全校集会
- 公開日
- 2020/01/20
- 更新日
- 2020/01/20
お知らせ
一週間の始まり。
今朝も、体育館で全校集会を行いました。
校長講話
皆さん、おはようございます。
早いもので、一月も二十日になりました。
三学期が始まって二週間。もう平常モードに戻ったと思いますが、年始の目標や決意は忘れていませんか。もう一度確認し、忘れずに頑張っていきましょう。
この冬は、とても暖冬で助かりますが、インフルエンザも先週から広がっています。
特に、3年生は、今週末に私立入試の出願を控えています。体調管理に十分注意してください。
さて、先週の金曜日。皆さんも知っているとおり、1月17日は「阪神淡路大震災」の発生した日です。1995年、平成7年。あれから25年となりました。
震源地の淡路島から、神戸、芦屋、西宮、宝塚、伊丹、尼崎、そして、大阪市。阪神地方が、大地震に見舞われました。
各地とも大きな被害となり、6千名を超える人々がお亡くなりになっています。
今、君たちがここにいるのも、ご両親や家族が、大震災を無事で乗り越えてくれたからです。
25年前、その日を振り返ると・・・私は旭区の中学校に勤めており、18日の学年行事のため、17日は早く家を出て、学校へ向かいました。マンションの4階でエレベーターを待っていた時、午前5時46分を迎えました。
生まれて初めて経験する激震。立っていられず、これで「マンションがつぶれて、死ぬ」と思いました。どれだけ揺れたかわかりませんが、ものすごい恐怖でした。
幸い、マンションも部屋も、家族も無事で助かりました。
それから、急いで学校へ行くと・・・職員室は地震で、物が散乱していました。
ようやく片付けを終え、ホッとしていたら二度目の揺れがやってきました。「校舎がつぶれる」と感じました。
そして、揺れが収まり、自分の担任しているクラスへ。そこで、三度目の揺れが起こりました。三度も死んでしまうと、本当に肝を冷やしました。
それまでの「大阪は地震が少なく、安心」というような思いは、いっぺんに吹き飛んでしまう出来事でした。
命を落とさずにすんだのは、紙一重。やはり奇跡です。
今を生きる私たち。やがて南海トラフと呼ばれる大きな地震がやってくるといわれています。地震に対して、人間の力は本当に無力です。
しかし、命の大切さをかみしめながら、地震に対してしっかりと訓練を重ね、自助や共助の大切さを確認し、生きていかねばなりません。そして、地震を経験した人は、それをしっかり伝え、教訓にしなければなりません。
君たちも、聞いたこと、学んだことを心にとどめ、1.17を決して忘れることなく、自分の子どもや孫に、まわりの人々に語り伝えてください。
そして、自分やまわりの命を大切に、しっかり生きていきましょう。