沿革
学校名の由来
矢田は、平安時代の936年から石清水八幡宮の荘園であったと、伝えられています。1072年の太政官の文書に太政官が認めた石清水八幡の21の荘園の一つとして「壱処 矢田荘 丹北郡(現在の照ヶ丘矢田・住道矢田の一帯と考えられています)」と書かれているのに由来します。
矢田は、平安時代の936年から石清水八幡宮の荘園であったと、伝えられています。1072年の太政官の文書に太政官が認めた石清水八幡の21の荘園の一つとして「壱処 矢田荘 丹北郡(現在の照ヶ丘矢田・住道矢田の一帯と考えられています)」と書かれているのに由来します。
1949/9/1矢田住道町886番地(現在矢田北小学校のある場所)に新校舎落成、移転
1955/4/3大阪市立矢田中学校と改称
1955/4/3大阪市立矢田中学校と改称
1962/3/125Mプール竣工
1970/4/1矢田南中学校分離独立(住道町605を除く近鉄南大阪線以東が矢田中学校の校区となる)
1970/4/1矢田南中学校分離独立(住道町605を除く近鉄南大阪線以東が矢田中学校の校区となる)
1989/6/16プール改修工事完了
1992/2/29エレベーター完成
1992/2/29エレベーター完成