5/15 「清水丘町会子ども会保護者研修ソフトボール大会」
五月晴れの、グランドでは今日、 「清水丘町会子ども会保護者研修ソフトボール大会」が開かれています。
保護者の皆さんが、ソフトボールの研修を兼ねて、大会を行われているものです。 町会の保護者の皆さんが、たくさん集まって親睦を深められています。 地域紹介「紀州街道」4 安立町から大和川へ
安立町を過ぎて、街道は大和川に向かいます。
ここには「大和橋」が、懸かっていますが、昔は、この橋が唯一、堺へ渡る橋だったそうです。 街道は、この後、堺市に入って行きます。 *資料から 大和橋は宝永元年(1704)の大和川付け替えに伴い新設されたもの。ここは紀州街道の堺への入り口にあたる交通の要所(公儀橋)であった。 ⇒ http://www.ab.auone-net.jp/~osaka565/pic089.jpg 地域紹介「紀州街道」3 霰(あられ)松原付近
紀州街道沿いの、本校最寄駅「安立町」の西側に霰(あられ)松原公園があります。
ここは、昔、白砂青松の松林が続く海岸で、 「霰打つ―住吉(すみのえ)の弟日娘(おとひをとめ)と見れど飽かぬかも(あられ松原は、住吉の弟日娘と一緒に見て、見飽きることがない)」 と万葉集にも歌われた景勝地でした。 現在は、公園になっていて、その歌碑が建っています。 *住之江区役所資料から 【場所】安立2-11 【交通】阪堺線「安立町」下車南西約100m この付近は江戸時代中期まで、海岸線であった。そして白砂青松の名勝地で、松風が霰(あられ)を吹きつけるように響いたのでこの名があるという。その有様は万葉集にも収録されているが、江戸時代に入って大和川付け替え工事などで、海岸線が移動し景観が一変してしまった。 碑の前の道は紀州街道で、高麗橋東詰の里程元標を起点に、堺筋を南下和歌山に至っている。 この付近は街道の面影をよく残しており、新しく街道名の入った道しるべが建てられるなど、歴史の顕彰が行われている。 生徒会「熊本支援募金のお礼」皆さま方のご協力のお蔭で、13日現在、合計129,451円もの、たくさんの支援が集まりました。心から感謝申しあげます。 この募金は、日本赤十字社または新聞社などを通じて、皆さまのお気持ちとともに届けたいと思っております。 地域(校区)紹介「紀州街道」2 長峡(ながお)町〜安立(あんりゅう)町へ
紀州街道で住吉大社を過ぎますと、「お祓(はら)い橋」にさしかかります。
この橋の袂(たもと)にも、紀州街道の歴史が記されています。 そして、安立町(住之江区)になって行きます。 この辺りの家屋も街道の雰囲気が漂っています。 本校の最寄りの駅の一つが、この阪堺線「安立町」です。 ここがちょうど、住吉区と住之江区の境界にもなっています。 なんでも、昔、江戸時代に「半井安立軒元成(なからい・あんりゅうけん・もとなり)」という、名医が住んでいたことに因むといわれています。 |
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