1・17 阪神淡路大震災「ライフライン」
震災のあった22年前を思い起こせば、大震災で寸断された「ライフライン」の影響があります。
(水道)なんと、神戸市全域で水道が復旧したのは発生から3カ月後でした。大阪市水道局の精鋭部隊も応援に駆け付け、地中奥深く埋まった排水管の復旧工事に懸命に頑張りました。地中に埋まった排水管は4000Kmもありました。 (電気)6日後に灯りが戻りましたが、明かりの無い生活がどれほど不自由か想像もできませんでした。4000本の電柱が倒れました。 (ガス)全国のガス会社からの応援がありましたが、復旧に約80日かかりました。 水道管から出ない水。失われた街の灯(あか)り。ガスも来ない。 生活に欠かせないライフラインは大地震で一瞬にして奪われてしまいました。 特に水道は全給水戸数の90%が断水し、飲み水、トイレやお風呂などの生活用水の確保という大きな問題がのしかかりました。 「電気、ガス、水道の復旧」というライフラインの確保は大震災から突き付けられた大きな課題でもあります。 1月17日(火) 2年 「九九」「百人一首」平成28年度大阪市小学校学力経年調査6年生は、4月に「全国学力・学習状況調査」を体験していますので、子どもたちは集中して、一生懸命問題に取組んでいました。問題用紙と回答用紙が別々になっているテスト形式は、3年生から5年生はあまりなれていないのでとまどったこともあったようです。個人票及び問題用紙等は、3月中にお渡しする予定です。 1月16日(月) 全校朝礼
校長講話(要旨)
おはようございます。 最近、一段と寒い日が続いています。風邪などを引かないように注意しましょう。そのためには「手洗い、うがい」です。外から帰った時は必ずおこないましょう。 今日は大震災の話をします。明日で、「阪神淡路大震災」から22年になります。22年前の1月17日、午前5時46分に大地震が起こりました。大阪も大きな揺れで、家ががたがた揺れました。びっくりして飛び起きましたが、大きな揺れが収まってテレビをつけてもどこが震源地だか、どれくらい揺れたのかまったくわからない状態でした。 しばらくしてからわかったことですが、当時の観測史上最大で、震源地は神戸で震度7、大阪でも震度4を観測しました。情報がないことは、正しい判断ができず、正しい行動をとることができません。神戸の街は大混乱しました。 先日、高学年では情報についての学習があったところですが、大切なことです。こうしてお話をしている時にも、大地震は起こる可能性があります。学校に先生がいるときは先生の指示に従って行動できますが、土日や学校がない時に正しい行動をとれるか、それが問題です。これからは、こういったことも想定して震災や防災の訓練も行いたいと考えています。皆さんも正しい行動をとれるように常に考えておきましょう。 では、「阪神淡路大震災」の時の神戸の学校の状況についてお話します。一番被害の大きかった東灘区にいた校長先生の妹から聞いた話です。 学校は避難場所になりましたから、教室、体育館、グランドも避難されてきた人でいっぱいになりました。しかし、校舎の一角には誰もいない教室がありました。そこには亡くなられた方のご遺体が安置されていました。入りきれなくなった人たちはグランドで毛布をかぶって夜を過ごしたそうです。 また、ライフラインも止まったままで、電気が回復したのは一週間後、ガスは80日後、水道は三か月後だったそうです。電気の止まった明りのない真っ暗の学校で夜を過ごすことがどれほど大変かわかるでしょうか?当たり前のことが当たり前でなくなるそれが大災害です。 この機会に、もう一度皆さんもそういったことを考えてみるようにしてください。 最後になりましたが、「阪神淡路大震災」で尊い命を失われた方は約6400名、そのうちの約60%が60歳以上、死亡原因は建物倒壊などによる圧死と窒息死が77%となっています。 なにわの宮 「フィールドワーク」「今、あなたたちが立っているところが天皇しか入れなかったところです。」と聞いてびっくりしました。今日の1日で古代の都のあった大阪にタイムスリップしたような経験をしました。この特別な体験を忘れないでください。(学校長) |