校長室前また校長室前のお花が新しくなりました。 吾亦紅(ワレモコウ)と珍しい、ピンクのリンドウです。 授業の様子 1年生ー社会テスト範囲を授業途中で終えたので、テストに向けての時間にしています。 授業の様子 3年生ー技術技術ではコンピュータを使って発表原稿を作っています。 授業の様子 3年生ー家庭科フェルトで様々なものを作っていきます。 手とも静かな授業の様子は、作品にとても前向きで集中している事が感じられます。 こんな言葉になっていました。ベンチャー企業。たった数人でもの作りから会社を興すという企業。 9歳で母のもとを離れて大阪に出、丁稚奉公を経て15歳で大阪電灯株式会社の配線工となりましたが、大正6年22歳の時、自ら考案した『松下式ソケット』を事業化するため会社を退職、この場所で独立の一歩を踏み出しました。 四畳半と二畳の借家の小さな工場で、幸之助夫婦と義弟の井植歳男氏(後の三洋電機創業者)が工夫と努力を重ね、多くの困難を乗り越えて、やがて世界的大企業とする基盤はここで培われていったのです。 世界的な企業として発展することになった「松下電器産業」「ナショナル」を経て、現在のパナソニック『Panasonic Co』と社名を変えて成長している企業の創業者である、松下幸之助氏の起業の地が、東成区内(玉津二丁目)にあり、顕彰碑が住宅地の中にひっそりとたたずんでいます。 この地域の「ものづくり」の象徴として、また、ひがしなりの誇りとして、その功績を称え、地元有志のグループが顕彰碑を建立したそうです。 『経営の神様』と称された故・松下幸之助氏(明治27年〜平成元年)が残した数多ある名言の一つです。 そして、この言葉は、ある生徒と約束をした職員が書きました。 ここの黒板にいろんな言葉を書くから、それを読みにおいで、と。 写真左の電球もそれにちなんでこの職員が飾りました。 様々な形で、学校に来にくい生徒達に手を差し伸べている本校教職員。そしてそれに応えようとする生徒達。 まだまだ本庄は発展していくと、強く感じました。 |