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動画「食べたらみがこう」の配信について(お知らせ)

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保護者 様

                        大阪市教育委員会
 大阪市と吉本興業株式会社との包括連携協定の取り組みの一環として、教育委員会では、ミルクボーイによる歯みがきの大切さを子どもたちにも分かりやすく、楽しく伝える動画「食べたらみがこう」を作成しました。
 つきましては、次のとおり動画を配信しますので、ご家庭のみなさまでご視聴をいただき、歯みがきを実践いただきますようご案内申しあげます。

  https://www.city.osaka.lg.jp/kyoiku/page/000050...

 動画の概要
 本動画は、漫才で、児童、生徒のむし歯、歯周病の予防につながる歯みがきの大切さをわかりやすく、楽しく伝える内容です。

GWも終わり(5月7日)

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 いつもと違ったGWも終わり、五月晴れの中、学校は静寂のままです。
 緊急事態も今月末まで延長になりました。学校はいつから始まるのか、皆さんとても不安でしょう。もう少し辛抱してください。委員会から指示が届きましたら、すぐにホームページでお知らせします。

生野の民話-3-(5月6日)

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 校長室の本棚の奥に、「生野の民話」というタイトルが付いたコピーの綴りがありました。その中に紹介されている、お話を紹介します。
【小路小学校】
 連携校区小学校のひとつである小路小学校は、明治6年11月15日に創立された生野区で一番古い学校です。
 昔、この辺りは東成郡大友村で20戸ばかりの農村でした。この村で生まれた石川興右衛門さんは庄屋さんでした。学制発布されるとすぐ自分の家屋敷を提供して、大友小学校を創立されました。これが小路小学校のはじまりです。
 明治11年、庄屋さんの家に生まれた石川弘さんは、府立農学校を卒業すると、農業補習学校をつくり、自分が教授となり、また、青年団長、小路村教育組合長、村長、市会議員、府会議員と公職を続けて、昭和3年には衆議院議員として帝国議会に列席されました。昭和4年1月3日、突然の病で亡くなられましたので、石川先生をしのんで、有志により銅像を小路小学校前に建設されています。
 昭和40年頃から、小路小学校鼓笛隊ができて、その育成に先生方が熱心にご指導されました。子供会鼓笛隊の松田弥史さんからも、特別なご厚志を受けて、大阪では優良鼓笛隊になりました。
 昭和45年に大阪で開催された日本万国博覧会において2度お祭り広場で演奏を行いました(この時校長先生は鼓笛隊に入っていました)。また、昭和54年8月には、大阪市の姉妹都市のオーストラリアのメルボルン市へ親善使節団として、小路小学校児童22名が、大阪市子供会鼓笛隊に加わり親善訪問しました。メルボルン市では、市長さんも市民と共に大歓迎してくださいました。名誉の賞状や記念品をこの鼓笛隊はたくさん受けています。
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生徒会より(5月5日)

 本日は「こどもの日」、「端午の節句」であります。しかし、緊急事態宣言が昨日、今月31日まで延長となりました。学校再開はどうなるの?不安はつのりますが、7日(木)に大阪市教育委員会から連絡が入りますので、お待ちください。

 さて、生徒会長の上村さんから本の紹介が届いています。
 今日紹介するのはこちら!小説「余命十年」です。
 20歳の茉莉は数万人に1人という不治の病にかかり、余命が10年である事を知る。未来に対する諦めから死への恐怖は薄れ、淡々とした日々を過ごしていく。そして、何となく始めた趣味に情熱を注ぎ、恋はしないと心に決める茉莉だったが…。衝撃の結末を迎える、切ない恋愛小説です!ぜひ読んでください!
 2つ目はこちら!「約束のネバーランド」です。
 エマ、ノーマン、レンの3人は小さな孤児院で幸せに暮らしていた。しかし、彼らの日常はある日突然終わりを告げた。真実を知った彼らの運命とは…!?漫画、TVアニメ、実写化映画があるので、ぜひ見てみてください!
 さて、また今月末まで緊急事態宣言が延長になりましたね。みなさん最近どうですか?私はもう家にいる時間が長すぎてテンションがおかしいです。6月まであと27日!今月で収束するといいですね。
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生野の民話-2-(5月4日)

 校長室の本棚の奥に、「生野の民話」というタイトルが付いたコピーの綴りがありました。その中に紹介されている、お話を紹介します。

【翠岩(すいがん)さん】
 「郷土のほまれ すいがんの 気高い心 受けついで ま心こめて 学ぶのだ」
 東中川小学校の校歌にも歌われている翠岩(すいがん)さんは、中川村のお百姓さんで、住吉屋太郎右(う)衛門(えもん)といい、東中川小学校付近に住んでいました。
 昔からこのあたりは土地が低くて、大雨が降ると田畑の作物や家が、水につかり流されたりするのでした。翠岩さんは、自分の財産を投げ出して、川の水が流れやすいように工事をしたり、道や橋をたくさん造りました。その橋の名は、反田(はんだ)の橋、はりの木の橋、念仏(ねんぶつ)橋、宮の下橋、それから、宮口の橋、幸橋、豊年橋、墓の前橋、まだあります。北の橋、又左衛門の橋、俊徳街道翠(みどり)橋(ばし)など11以上あります。翠岩さんは、多くの田畑を村の人達に寄付して62歳で亡くなられました。
 その後は、恵まれた田畑の作物などを、中川村の人達で分け合ってきました。また、東中川小学校へ放送器具や、男女児童の希望像などを作ったり、生野区の19の小学校全部へ、昭和56年6月に多額の図書券を配られました。東桃谷小学校には、「釈(しゃく)翠岩翁(おう)誕生300年記念事業による金10万円也の寄贈本101冊購入、6月30日」と」記録されています。
 翠岩さんの誕生300年記念事業として、お墓の前と生野区役所内の空地に立派な記念会館を建設されました。このような翠岩さんの残された財産が、生野区の区民のために生かされていることは、いつまでも、いつまでも偲(しの)ばれるでしょう。
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