ナイチンゲール せいたん200ねん![]() ![]() こえにだしてよんでみましょう。おうちのひとが ちかくにいるなら、つたわるように よんでみましょう。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ナイチンゲールは1820ねん、えいこくのゆうふくなかていに うまれました。とうじは じょうりゅうかいきゅうのじょせいが はたらくなんてとんでもないと かんがえられていたじだいです。しかしナイチンゲールは かぞくのはんたいをおしきって、かんごのしごとを こころざしました。 1854ねん、えいこくが ロシアとたたかうクリミアせんそうに さんせんすると、せんじょうのびょういんで はたらきました。このとき、ふえいせいだったびょういんないを きれいにして、くすりやいふくなどもとどけてくれるよう、ぐんたいのえらいひとに うったえました。そのけっか、4わりいじょうだった へいしのしぼうりつは、1わりいかにまで へったといわれています。 このしごとぶりが おおくのひとからたたえられ、ナイチンゲールを ゆうめいにしました。にほんでは「はくいのてんし」というよびかたが ていちゃくし、「やさしさにあふれた けだかいひと」といったイメージがつよくなっていきました。 ナイチンゲールが かつやくしたじだい、おおくのひとが かんせんしょうでなくなっていました。かんせんしょうには かならずそのげんいんとなる びょうげんたいがあるということがわかったのは 1882ねん。しかし、ナイチンゲールは60ねんだいから、「かんせんしょうは よぼうできる」としゅちょうしていました。 へやを せいけつにたもつ、かんじゃどうしが みっしゅうしないようにする、しんせんなくうきを とりいれる――かんせんしょうをふせぐために たいせつなこととしてうったえていたことは、いまのかんせんしょうたいさくと ほぼおなじです。 クリミアせんそうから きこくしたあとは、ねたきりのせいかつをおくることが おおかったそうです。しかしそんななかでも、ほんをかいたり、びょういんのけんちくにたずさわったり、かんごしをそだてたりと、はばひろくかつやくしました。ナイチンゲールのだいひょうさく『かんごおぼえがき』というほんをとおして、にほんでも、そのおしえは、ずっとうけつがれています。 げんだいは、しんがたコロナウイルスのようなかんせんしょうが せかいきぼでひろがるようになってきていますが、ひとりひとりにできることはかわりません。 あさひしょうがくせいしんぶんにわかりやすくのっていました。 ナイチンゲールのメッセージは、せいけつ、えいよう、すいみん、うんどうという ふだんどおりのせいかつをたいせつにして、かんせんをふせごうということ。「てをあらう」「マスクをする」「なるべくそとにでない」など、できることを ひきつづきやっていきましょう。
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