朝の学習会
3年生は本日からテスト1週間前です。朝から振り返り学習、頑張っています。
私たちにできることは?
2015年に新たに策定されたSDGs(持続可能な開発目標)は、誰ひとり取り残さないことを目指し、国際社会が一丸となって達成すべき目標です。
SDGsは「17の目標」と「169のターゲット(具体目標)」で構成されており、3年生が取り組んでいます。 アルバム用写真を撮影しました
3年生のアルバム用グループ写真を撮影しました。
どんな写真になっているかは、アルバムの配布時まで、お待ちください! オンライン全校集会
緊急事態宣言を受け、全校集会も、オンラインでの形に戻しました。解除がなされるまでは、この形式で継続します。
アクセスポイント設置の効果検証も兼ねています。今後の活用にも期待しています。 1995年の今日
今から26年前の今日(1月17日)、午前5時46分、淡路島を震源とするM7.3、震度7の大地震(阪神・淡路大震災)が兵庫県を中心とした近畿圏広域を襲いました。
特に震源に近い神戸市の被害は甚大でした。当時は地震のない安全な街という安心感から、引っ越して行かれた人も大勢いだそうですが、あまり知られていなかった活断層がありました。 この阪神・淡路大震災では、6,434人が命を失いました。多くの死は、最初の5秒間のうちに起こった建物倒壊による圧死だったそうです。 地震直後、ボールペンを握ったまま亡くなった受験前の女子生徒がいます。下半身が家の下敷きになり、炎が近づいたとき、友人に「君だけ逃げてくれ」と言って炎に包まれた学生がいます。小さな子どもを家族に放り投げ、「後は頼む」と言い残して家の下敷きになった人がいます。生き埋めとなったけれど会話が出来た人々が、火災の炎が迫ってきたとき、「ありがとう、早よ逃げ」 と家族に最後の言葉をかけたと言います。 この大震災では、多くの人々が予想もしなかったような地獄を見て混乱しました。しかし、誰かが指示を出してくれる、誰かが何かをしてくれる、と誰かを待つのではなく、自ら判断して自ら動いた者が、その事態をのりこえたのだといいます。 避難所では、住民自らが自治組織を作り、ルールを決め、助け合いを目指しました。市役所の職員は自ら、足りなくなった棺桶づくりを行いました。消防士はものすごい心の葛藤をふりきり、消火活動に向かいました。 こういった巨大地震は、近々必ず起こると言われています。みなさんが、今を見つめ、自分と大切な家族を守る努力をしてほしいと思います。 |