1年生学習の様子
夏休みにどんな体験を
したのかなどのお話もありました。 お昼休みの様子
ミストシャワーで
少し暑さも和らいています! 8/27_今日の給食
本日より2学期の給食がスタートします。
笑顔でいただきますしていました。 3年生学習の様子ー社会
『激変する日本とアジア』について
バブル経済の崩壊と長びく不況について学習しています。 8/27_全校集会パラリンピック 4年に一度の華やかなパリオリンピックは無事、 大会を終えることができました。 このパリオリンピックが終わり、 パラリンピックの開会式が明日8月28日に行われ、 9月8日までの12日間にわたり世界から約4000人の選手が 一堂に会して開催されます。 みんなはパラリンピックという名前を知っていますか? パラリンとは「もう一つ」という意味です。 障がい者のためのオリンピックのことです。 第二次世界大戦の終わったあとの1948年に イギリスのロンドンでオリンピックが開かれた開会式の日に ある病院で車いすの患者のリハビリを兼ねてアーチェリー大会が 開かれたことが起源となっています。 その後、参加者が増え、1969年のローマ大会の時から オリンピックと時と同じ会場を使って行われるようになりました。 パラリンピックと呼ばれるようになったのは 1988年のソウルオリンピックからです。 話は少し変わりますが、2008年の北京オリンピックを目指していた中に、 鈴木 ひとみさんという方がいました。 彼女は元ミスインターナショナル日本代表になった人で、 モデルの仕事をしていました。 しかし、人の人生というのは分からないものです。 ある日、モデルの仕事を終えて帰るときに自動車事故が発生し、 病院で気づいた時は下半身不随。 一生ひとりで歩くことができない障がいを持ちました。 その時、彼女は「誰の役にも立たない。 社会や家族のお荷物になった。」と大変落ち込みました。 しかし、そんな彼女を支えてくれたのは 障がい者になっても結婚してくれた夫でした。 その生活の中で彼女は「今日、できなかったことは、 明日できるかもしれない。一人でできなかったことは、 二人でするとできるようになる。」ことを学び、 アーチェリーをはじめ2004年のアテネ大会では金メダルをとっています。 もう一人、パラアスリートで鈴木 徹さんという方がいました。 彼も突然の事故で右足を失いました。 そのどん底の中から「自分の可能性をつぶすのは、 ほかのだれかではない。自分だ。」 「この世の中には不必要な人間なんかいない」と考えるようになり、 当時走高跳で2Mを超える記録を出し、 2008年の北京大会で金メダルを目指していました。 彼女や彼に共通している考えは 「人間は、すべて一人の価値ある人間だ」ということです。 しかし、当時はオリンピックのあとのパラリンピックの様子は ほとんどテレビでは放映されませんでした。 もし、機会があれば、パラリンピックパリ大会を ぜひ一度見てもらいたいと思います。 「亡くなったものを嘆くのではなく、あるものを活かす」という 精神がパラリンピックの精神とも言えます。 みんなも自分にあるものを本当に活かしているでしょうか。 これで今日の話は終わりにします。 |
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