5月1日「命」《道徳》【5年】
- 公開日
- 2025/05/01
- 更新日
- 2025/05/01
わくわく豊崎
5年生は道徳の時間に「命」という詩を学習しました。
この詩は、神経芽細胞腫という病気により、11才という短い生涯を終えた宮越由貴奈さんが亡くなる4か月前に書いた詩です。
命はとても大切だ
人間が生きるための電池みたいだ
でも電池はいつか切れる
命もいつかなくなる
電池はすぐにとりかえられるけど
命はそう簡単にはとりかえられない
何年も何年も
月日がたってやっと
神様から与えられるものだ
命がないと人間は生きられない
でも
「命なんかいらない。」
と言って
命をむだにする人もいる
まだたくさん命がつかえるのに
そんな人を見ると悲しくなる
命は休むことなく働いているのに
だから 私は命が疲れたと言うまで
せいいっぱい生きよう
由貴奈さんのお母さんは、次のようなことを話しています。
「命」という作品を書いたころ、テレビで流れるニュースといえば、いじめだとか自殺だとかが多く、同じころ病院では、いっしょに入院していた友達が何人かなくなりました。生きたくても生きられない友達がいるのに自殺なんて…そんな感じでした。それに、ちょうど院内学級で電池の勉強をしたばかりだったそうです。
この詩を書いた4か月後になくなりましたが、これに書いたとおり、じゅうぶんせいいっぱいに生きました。書くことがそんなに得意ではなかったむすめの、この「命」という詩は、11年という短いけれどもぎょうしゅくされた人生の中で得た、勉強の成果なのではないかと思います。
由貴奈さんにとって「せいいっぱい生きる」とは、どのような生き方だったのでしょう。
自分にとって「せいいっぱい生きる」とは、どのように生きていくことなのでしょう。
5年生の子どもたちが考えていきます。