今日の一言 6月6日 本を読もう!! 【4】宮沢賢治
- 公開日
- 2019/06/06
- 更新日
- 2019/06/06
校長雑感 一隅を照らす
この本を読んで、宮沢賢治の世界にふれた最初の頃の感激を思い出しました。
同じような感慨を持って、前任校で書いた文章を引用します。
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それにホモイの目は、もうさっきの玉のように白く濁(にご)ってしまって、まったく物が見えなくなったのです。
はじめからおしまいまでお母さんは泣(な)いてばかりおりました。お父さんが腕を組んでじっと考えていましたが、やがてホモイのせなかを静かにたたいて言いました。
「泣くな。こんなことはどこにもあるのだ。それをよくわかったお前は、いちばんさいわいなのだ。目はきっとまたよくなる。お父さんがよくしてやるから。な。泣くな」
窓の外では霧が晴れて鈴蘭の葉がきらきら光り、つりがねそうは、
「カン、カン、カンカエコ、カンコカンコカン」と朝の鐘を高く鳴らしました。
(「貝の火」宮沢賢治より)
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父は何度も子どもを許し励まし、成長を信じました。しかし子どもはその信頼に応えることができません。
因果として身に降りかかる禍に、父も、そして子どもも深い悲しみに沈みます。しかし、父は、そのどん底にいる子どもに寄り添い続けます。神様さえも見捨てた息子に・・・。
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こんな単純なお話ではないかもしれませんが、宮沢賢治の父性愛に対する想いが書かれているのではないかと思います。
神の「厳罰と寛容」について、よく議論されるところです。
神さまは、とても厳しく、時として容赦のなく人を罰する。
・・・
神さまは、どこまでも慈悲深くどんな罪深い者も救う。
どちらでしょうか?
どちらともでしょうか?
「貝の火」の中で、象徴として表現されている『神さま』は、寛容と厳罰が前後して現れます。
そして、父は絶対的な「寛容」と人間らしい「愛」を最後の最後まで捨てずその姿勢を崩しません。
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学校の教師は、どのようであるべきなのでしょうか?