今日の一言 7月27日 被災地のひまわり 2020を振り返って
- 公開日
- 2022/07/27
- 更新日
- 2022/07/27
校長雑感 一隅を照らす
令和2年(2020年)被災地のひまわりについて書いています。
加美小学校も大切にしたい”ひまわり”です。
***2020年6月〜8月***
見事に開花させるためには、
しかるべき時に、水や肥料や日光など栄養を与えます。伸びる時期に、伸びるための栄養を与えます。なかなか簡単ではありませんが、植物を上手に育てることができる人は、それぞれの花の個性を知っていて、ここぞという時にその花がもとめている栄養を与えるそうです。
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加美小学校のひまわりの物語!!
(令和2年度、管理作業員として勤務されていた伊藤さんのお話です)
津波で児童74名が死亡・行方不明になった大川小学校(宮城県)。
その大川小でお子さんを亡くしたお母さんたちが「子どもが生きた証しに」と、学校近くの高台でヒマワリ200本を育てたそうです。
その取り組みを知った大阪市の小学校の管理作業員さんは「自分の学校の児童にも命の大切さを学ばせたい」と思いました。
思っただけでは、終わりませんでした・・・
彼は、実際に大川小に連絡をとったのです。
震災の翌年の1月、約60粒の「ヒマワリ」の種が大阪の小学校に届きました。
6月には、子どもたちの背丈をこえ、花も咲きました。
「ヒマワリの花は人の顔に似ているね。被災地のお母さんは、子どもたちにご飯をあげるみたいに毎日みずやりをしていたのかな」
温かな思いやりのことば、子どもたちの表情。
想いが通じたように、彼は感じたことでしょう。
そして、この想いがもっと広がっていけばいいのにな・・と願ったに違いありません。
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宮城県石巻市立大川小学校から始まった「ヒマワリ」のエネルギーは、大阪市の小学校へ60粒の「被災地のヒマワリ」の種として広がりました。
大阪での「被災地のヒマワリ」の立役者は、小学校の管理作業員さんです。彼は次に赴任した中学校でもヒマワリを咲かせました。そして、全国の友人に4000粒もの種を送りました。
その中のいくつかの種が加美小学校に来ることになったのは・・・・
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実は、この大阪市の管理作業員さんは、私(伊藤さん)の以前からの知り合いでした。
前任校にいたとき、「被災地のヒマワリ」の話を聞きました。感動したその時のことは、今でも鮮明な記憶として残っています。
『成長していくヒマワリを見て「命の大切さ」を学んでほしい』
私もそう思い、加美小学校に赴任したその年から「被災地のヒマワリ」を校舎の隅に植え始めました。
大切にしてきた「被災地のヒマワリ」
加美小学校で3年目になる今年、もう一つすごい縁の「繋がり」を感じることがありました。
市内の別の学校の管理作業員さんの繋がりで、「被災地のヒマワリ」に出合い、加美小学校にそのヒマワリがやってきたことをお話してきました。
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前任校にいたとき、「被災地のヒマワリ」の話を聞き感動したこと。
『成長していくヒマワリを見て「命の大切さ」を学んでほしい』と思ったこと。
加美小学校に赴任したその年から「被災地のヒマワリ」を校舎の隅に植え始めたこと。
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最後に本当にびっくりする≪ご縁≫がありました。
令和2年度に、赴任してきた先生のお一人が、「被災地のヒマワリ」を大阪に連れてきた「あの管理作業員さんのお嬢さん」だったのです。
その不思議な≪ご縁≫に、≪被災地のヒマワリ≫に秘められた「願い・祈り」のような力を感じました。
『成長していくヒマワリを見て「命の大切さ」を学んでほしい』
その想いをあらたにしました。