学校日記

6/9 全校集会

公開日
2025/06/09
更新日
2025/06/09

校長より

 本日の全校集会は、賞状の伝達(剣道部女子団体、陸上部個人)と校長講話をおこないました。

   校長講話(要約)
 元読売ジャイアンツの「ミスタープロ野球」と呼ばれていた長嶋茂雄さんが6月3日にお亡くなりになりました。脳梗塞を発症されてからは、テレビなどのメディアに出ることが少なくなったので、長嶋茂雄と言っても良く知らない人も多いと思います。最近の警備会社のCMで投手 大谷と対戦していたバッターが長嶋さんです。
 東京六大学のスター選手だった長嶋選手は、1958年に巨人に入団し、1年目に本塁打王と打点王の二冠を獲得し、新人王に選ばれました。翌年には、天覧試合でサヨナラ本塁打を打つなど勝負強い、華のある選手として国民から絶大な人気がありました。
 1974年の引退まで、17年間の現役生活で首位打者6回、ホームラン王2回、打点王5回と多くのタイトルを獲得して、最優秀選手にも5回輝きました。当時は巨人全盛期でV9(9年連続日本一)にも貢献し、野球を国民的スポーツにした伝説の選手です。
 長嶋さんには野球人としての信念(哲学)がありました。『ファンがあってのプロ野球、ファンがあっての長嶋茂雄』の考えのもと、『自分のためではなく、見てくれる人たちのためにプレーする』という信念を貫きました。空振りをしたときにヘルメットが脱げるほどの豪快なスイング。守備でもみずからの守備範囲を超えて打球を処理したり、歌舞伎の所作を取り入れた華やかな送球など、走・攻・守すべてでファンを魅了するプレーを見せ続けました。天才と呼ばれた長嶋さんですが、その陰では誰にも負けないくらい懸命に努力を重ねたそうです。そして、そうした努力をファンには見せないようにしていたそうです。
 真似のできる事ではありませんが、長嶋さんの負けん気の強さと「誰かのために」という強い信念があったからこそ、人知れず努力が続けられてきたのではないかと思います。長嶋さんの信念や生き方は、多くの野球人に共感を与え、受け継がれているといわれています。
 私たちも長嶋茂雄さんの生き方に学ぶことも多いと思います。機会があれば、長嶋さんに関する本も読んでみてください。
球界の大スター長嶋茂雄さんのご冥福をお祈りします。