学校日記

7/6 全校集会

公開日
2026/07/06
更新日
2026/07/06

校長より

 本日の全校集会では、はじめに賞状の伝達を行いました。テコンドー競技の大会で優秀な成績を収めた生徒を全校生徒の前で表彰しました。


 続いて、専門委員会から今月の目標についての連絡がありました。各委員会が学校生活をよりよくするために設定した目標や取組について紹介し、生徒一人ひとりが目標を意識して学校生活を送ることの大切さを呼びかけました。


 最後に、校長講話を行いました。講話では、「人の役に立つとはどういうことか」をテーマに、カルピスの生みの親である三島海雲氏の生き方やを紹介しながら、自分の身近なところで誰かのために行動することの大切さについて話しました。


     校長講話(要約)

 明日7月7日は七夕として知られていますが、実は「カルピスの日」でもあります。なぜ7月7日なのかというと、「カルピス」が初めて発売されたのが、1919年(大正8年)7月7日だったからです。

 皆さんも、一度はカルピスを飲んだことがあると思います。そのカルピスを生み出した三島海雲さんは、現在の大阪府箕面市にあるお寺に生まれ、若い頃は英語教師をしていました。25歳のとき、当時、多くの若者の憧れの地だった中国大陸へ大きな夢抱いて渡りました。

 ある日、仕事で内モンゴルを訪れたとき、長旅の疲れから体調を崩してしまいます。そのとき、現地の遊牧民の人たちが、酸っぱい乳、「酸乳」を飲ませてくれました。飲み続けるうちに体調が回復し、そのおいしさにも驚いた三島さんは、「おいしくて、体によい飲み物をつくり、多くの人の役に立ちたい」と考えるようになりました。

 37歳で帰国した三島さんは、乳酸菌の研究を始めます。しかし、すぐに完成したわけではありません。何度も試し、工夫し、失敗を重ねながら、4年の年月をかけて、日本初の乳酸菌飲料「カルピス」を完成させました。

 三島さんは、カルピスを完成させた後も、「人の役に立ちたい」という思いを、生涯持ち続けました。

 1923年の関東大震災では、焼け野原となった東京で、震災の翌日から冷たいカルピスを無料で配り、多くの人を励ましたそうです。

 さらに1962年には、自らの財産を投じて「三島海雲記念財団」を設立し、日本の優れた研究を支援する活動を始めました。その活動は、今も続いています。

 私たちは、「人の役に立つ」と聞くと、何か特別なことをしなければならないと思うかもしれません。でも、そうではありません。友達が困っているときに声をかけること。係や委員会の仕事を責任を持って行うこと。教室や廊下に落ちているごみを拾うこと。気持ちのよいあいさつをすること。誰かが嫌な思いをしないように言葉を選ぶこと。こうしたことも、人の役に立つ立派な行動です。

 そして不思議なことに、人の役に立とうとする行動は、相手のためだけではありません。自分自身も成長させてくれます。人を思いやって行動できる人は、周りから信頼されます。頼りにされます。そして、「自分は誰かの力になれた」という自信も生まれます。

 1学期も残りわずかとなりました。学期末のこの機会に、「自分は誰かの役に立つ行動ができただろうか」「相手の立場に立って考えることができただろうか」と、自分自身を振り返ってみてください。

 明日の「カルピスの日」が、三島海雲さんのように、「人の役に立つとはどういうことか」を考えるきっかけになればうれしく思います。そして、1学期の残りの日々も、みんなが元気に過ごし、気持ちよく夏休みを迎えられることを願っています。