今日は、六年生に同行できなかったので、写真がありません。
文章は、昨年同様2015年の記事を引用します。
(文責 校長)
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桃陽小学校の伝統。6年生が卒業する間近のこの時期に毎年、取り組んでいる茶道体験です。
武者小路千家官休庵流の佐伯江南斎先生とご子息で本校の前PTA会長でもいらっしゃる佐伯久徳先生に茶道体験の講師をしていただきました。
天王寺区桃陽にあって初めて可能となる【ハイレベルな体験=本物体験】です。
感謝、謙譲、気配り・・など日本の文化の本質とも言える精神を茶道のお話を通して優しく語りかけていただきました。
武士の教養としての茶道。その中にある精神性。それが日本の心となっていきます。
お茶には、日本の水が大きな役目をはたしています。日本はお米を炊いていただきます。チャーハンのように炒めたり味付けをあまりしません。日本の水が軟水だからです。
外の世界から自分に戻ってきて、ほっと一服したときに本性があらわれる。
姿勢にあらわれる。
あいさつは、心配り。元気のないあいさつは、相手を心配させる。相手を気遣う心。
茶道でも、どの道でも「感じる心」が大切。そのためには自分自身の力をつけること。
茶室の天井を見てください。お客様が座る天井は高く、主人の座る天井は低い。
お茶を出してやっているのではなく、お茶を差し上げているという心を表している。
日本の謙譲の心です。
この暗い茶室で、人は自分と静かに向き合える。そして相手とも通い合うことができる。見えないから見えてくる本質。
千利休の確立した茶道は、いたるところに「心」が表現されている。
全ての所作、お点前に必然性がある。
中道、良い加減、程々・・・八割で生きる。
茶釜は鉄でできている。お湯の沸いている音、茶釜の音が聞こえますか?
茶釜の音が聞こえる静けさが大切。そして集中力。
畳には縁(ふち)があります。縁(ふち)は縁(えん)です。畳の縁(ふち)は重なり、縁(縁)になります。勝負事する場所の畳に縁(ふち)はありません。
縁側のある家は少なりましたが、昔は縁側がどの家にもあり、お嫁さんは縁側から入り、亡くなると縁側から出ていきました。縁側とはそういうものです。
全ての所作には意味があります。
所作のひとつひとつで相手と心を通い合わせます。言葉がない世界です。
お点前頂戴いたします。お先にいただきます。ありがとうございます。
礼には礼で。
・・・・・・・・まだまだたくさんの素晴らしいお話を伺いました。
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お香の漂う玄関から、美しい畳としずかな佇まいの中庭が見える部屋へと導かれると、
大阪の天王寺区という街中の喧騒は、どこか遠くへ往ってしまいました。
お話に耳を傾けるうちに、いつもならはじけるような気を放っている子どもたちも、何やら少しずつ「粋」の世界、お茶の世界に引き込まれているように見えました。
何人かの子どもたちは、茶道とのご縁を感じたに違いありません。
日本文化との邂逅=「茶道体験」は桃陽小学校の宝物です。
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2016年2月15日
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