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?令和2年8月13日(木)ホリデーコラム18
テレビCMのディレクター浜崎慎治著「共感スイッチ」(中央公論新社)より、
どんなCMだろうと、必ず「初めて」見てもらう瞬間があります。それは、見てくれた人に「初めまして」と挨拶をするような瞬間だと思っています。
「私、こういう者です」
名刺を出して、初対面の挨拶。言わずもがな、これはとても大事な場面です。相手に失礼な印象を与えて嫌われるわけにはいかない。でも相手の記憶に少しでも残りたい。
だからこそ、新しいCMができたらなるべく周囲の人に見てもらい、最初に生まれた感想を大事にしています。そこには、必ず新しい発見が含まれているからです。そして、その意見を検証することで、独りよがりな表現に陥ることも防げます。
あくまで僕の考えですが、新しいCM制作にかかわる際には、基本的に「誰も見てくれない」「誰も関心がない」という状況を想定します。
これは、失礼を承知で言えば、夏休み明けの小学校の朝礼で行われる校長先生の話のようなもの。
友達同士で夏休みの思い出を、わかちあいたいのに、「えー、夏休みボケを早く直し、勉学に勤しむように」といった内容の話が長々と続く。生徒の心境としては「早く終わらないかなあ」と感じているだけで、心そこにあらず、というのが正直なところだと思います。
それでも聞いてもらうべく、校長先生は自分の経験や生徒たちが関心のありそうな物事、ときにはギャグをちりばめたりしながら話を進め、必死に生徒たちを振り向かせようとするわけですが、でもはなから聞こうとしない相手に、話の内容だけで勝負しようとすると、これはなかなか難しい。
であれは、どうするか?
たとえば校長先生が、いつものスーツ姿ではなく、パジャマのまま、寝ぼけた姿で出てきたらどうでしょう。夏休みボケを早く直さないと大変、というメッセージが鮮明に伝わると共に、パジャマが強い「記号」となって、生徒の目に留まるはずです。
それで「あれ?」と思わせて、注意をひけたら大成功。そこから話の内容も少しは聞いてもらえるかもしれません。
「話はよくわからなかったけど、パジャマで学校はないよね」と記憶にのこれば、夏休み明けの最初のステップとしては合格ではないでしょうか。
僕が作るCMも、これと同じ考えです。
CMは「一方的に流れてくるもの」という印象も強いし、異なるメディア同士での時間の奪い合いとなった今、「できれば飛ばしたい」とも思われかねない立場に置かれていると思います。まして、初めて放送されるCMの場合、誰も関心をもちようがありません。
そういう気持ちで作っているからこそ、相手を振り向かせるためにはどうすればいいのか、必死に考えています。
私は人前で話す時、「誰もちゃんと聞いてないし、覚えてないよ」と開き直ることで、自身の緊張感を解くようにしていることがあります。一方で、相手に話す内容を伝えるときには、相手の心にどう響かせるかを著者同様に必死に考えているつもりですが・・・・・確かに校長の長い話は嫌われますよね!気をつけたいと思います。