大阪市立北稜中学校

いじめ・いのちについて考える日(第2回)— 校長講話より

公開日
2026/05/11
更新日
2026/05/11

学校日記

本日5月11日、本校体育館にて全校集会を行い、「いじめ・いのちについて考える日」にあわせた校長講話を実施しました。これは大阪市が市内全校で取り組む一斉の機会ですが、本校では独自に年3回設定しており、今回はその第2回目にあたります。


集会の冒頭、校長から中国の古典『論語』の一節「己所不欲 勿施於人(己の欲せざる所、人に施すこと勿れ)」を大きく書いた紙が生徒たちに示されました。「自分がされて嫌なことを、人にしてはいけない」――二千五百年もの間、受け継がれてきた言葉です。


そのうえで、もう一歩踏み込んだ問いかけがありました。「では逆に、自分がされても平気なことなら、人にしてもよいのでしょうか」。同じ言葉、同じ行動でも、感じ方は人によってまったく違います。「いじってるだけ」「ノリでやってるだけ」「本人も喜んでるやん」――そんな言葉の裏側で、家に帰って泣いている人がいるかもしれない。痛むかどうかを決めるのは、やった側ではなく、受けた側である、というお話でした。


教室の中だけではなく、SNSの中でもまったく同じです。「自分の物差し」ではなく「相手の物差し」で考えること。二千五百年前の言葉が本当に伝えたかったのは、きっとそういうことなのではないか――そんな言葉が、生徒たちに静かに投げかけられました。


続いて、本校が繰り返し示してきたメッセージがあらためて伝えられました。自分を大切にすること。そして、隣にいる人を大切にすること。「隣にいる人」とは、すぐ横の席の友だちだけではなく、同じクラスの仲間、同じ学年の仲間、そして北稜中で出会うすべての仲間のことです。


もうひとつ、強く伝えられたのは「助けて」と言ってよい、ということ。「助けて」は弱さの言葉ではなく、強さの言葉です。担任の先生、保健室、スクールカウンセラー、校長室――どこでもいい、誰でもいい。声を出してくれたら、教職員は必ず受け止めます。すぐにすべてを解決できないことがあっても、絶対に一人にはしない、という呼びかけがありました。


校長講話(2026年5月11日)いじめ・いのちについて考える日 論語より


人の命はたった一つで、取り戻すことはできません。だからこそ、自分も、隣にいる人も、大切にしてほしい。そのことが「明日も来たくなる学校」につながっていく――生徒たちは、最後まで静かに耳を傾けていました。第3回目の取組は、7月に予定しています。


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